ご自身の妊娠・出産を通じて助産師という職業に興味を持ち、ニュージーランドの助産師国家資格を取得、オークランドで独立開業助産師として活躍する由香さん。現在、「子どもを産む女性が主体的にお産に臨む」というコンセプトに共感し、マタリキ&七夕に上映会が実施される映画「Pacific Mother」の製作チームに助産師として協力している。オークランドで唯一の日本人助産師である由香さんに、映画Pacific Motherの見どころからニュージーランドのLMC制度の優れた点、助産師の仕事の魅力まで、幅広くお話を伺った。
Q. ニュージーランドへ来たきっかけは何ですか?
ニュージーランドに初めて来たのは、新婚旅行の時です。あるモーテルで、フロントのおじさんが私たちと話しているときにモーテルの電話が鳴ったのですが、電話に出るのかと思いきや、フロントのおじさんは電話を切っちゃったんですよ。「今お客さんの応対中だから」という理由で電話に出なくてもいいんだ!と、目から鱗が落ちました。そして、この国は頑張りすぎなくていい国、無理をしなくていい国なんだなと、好印象を持ちました。
ビーチがキレイで、アクセスしやすいのも気に入りましたね。日本で人気のビーチに行ったら人込みを覚悟するしかないですが、新婚旅行で訪れたオレワのビーチでは、真っ青な海を独り占めできてビックリしました。どれくらい気に入ったかというと、しばらくパソコンのスクリーンセーバーをオレワビーチにしていたくらいです。いつか住みたいという思いが募り、2010年に家族で移住しました。
Q. マタリキ&七夕に上映される映画「Pacific Mother」にはどのように関わっていらっしゃるのでしょうか?
映画プロデューサーの小澤みぎわさんから「女性の出産にまつわる映画を撮りたい」というお話を持ち掛けられたのが始まりです。みぎわさんはBirth Doula(出産中に女性に寄り添う専門家)もされています。出産は何が起きるか分からないという不安にフォーカスするのではなく、女性がどんなお産をしたいのかをポジティブに考えることができるような映画にしたい、と相談を受けたのです。そこで、助産師という職業がどのようなものなのか、助産師がどのように働いているかをお話しさせていただきました。マタリキ&七夕の一部上映会は私もホストとして参加しており、質問会にも登壇させていただきますので、是非見に来ていただけたら嬉しいです。
Q. 助産師として映画「Pacific Mother」をどう思いますか?
私が映画「Pacific Mother」で好きなところは、出産における選択が最終的に必ず女性に任されているところです。この映画には、水中出産から帝王切開までいろいろなお産が出てきますが、どんな難しい局面でも、女性自身が「どうするか」を決める様子が描かれています。助産師や産科医は、医療的な説明や取り得る選択肢を提示することはしますが、何かを押し付けることはせず、女性の決定を尊重しサポートするのです。その関係性がとてもいいと思いました。
私も常々、クライアントの女性に、自分で選んでいい、むしろ自分で選ばないといけないと説明しています。自分の体のことは自分が一番よく知っているのだから、産む女性が自分にとって一番いいのは何かを考え、決めることが大切です。主体的に産むことが、その人にとっての「いいお産」に繋がると信じています。
Q. 由香さんは3人お子さんがいらっしゃるとのことですが、ご自身のバースストーリーを聞かせていただけますか?
私自身の出産は、実は3回ともそんなに苦労した覚えがないんですよ。検診に行くと子宮口が開いていることがわかり、即入院、数時間後には出産という流れになるのです。一人目の時は、出産直後に「今もう一人産める」と言った記憶があります(笑)
これを言うと驚かれるのですが、私は陣痛の痛みがあまり分からないのです。波が来ていることはわかるのですが、苦痛よりも、もうすぐ赤ちゃんに会える喜びの方が勝っているからかもしれません。実際、陣痛を引き起こすオキシトシンというホルモンは「幸せホルモン」と呼ばれ、幸福感を高める作用がありますし、陣痛の刺激により分泌されるエンドルフィンというホルモンには鎮痛作用があるんです。女性の体というのは、痛みのコントロールができるように、うまくできているなあと思います。落ち着いて出産できたので、赤ちゃんが回りながら降りてきていることを感じることができ、出産間際まで一人でしたが、とても楽しかったのを覚えています。
その代わりと言っては何ですが、私は産後に授乳のトラブルに見舞われました。地域の助産師さんの訪問によるサポートでとても楽になったのが印象的でした。妊娠から出産、産後のポジティブな経験が私が助産師を目指すきっかけのひとつになりました。
Q. ニュージーランドのマタニティケア制度についてどう思いますか?
ニュージーランドにはLead Maternity Carer(LMC)という制度があり、女性は、妊娠初期から産後しばらくの間まで一貫して、一人または少人数の助産師または産科医による継続的なケアを受けることができます。私はこの制度はとてもいいと思っています。LMC助産師は女性の妊娠期間を継続して診るので、女性が話しやすい、フラットな関係を構築することができるからです。先ほど「女性が主体的に産むことがいいお産に繋がる」と言いましたが、女性が主体的に産む準備をするためには、助産師や産科医との話しやすい関係が不可欠なのです。出産は何が起きるか分からず、どんなに準備していても当初の予定と違うお産になることもあります。そんな時も、助産師や産科医としっかりしたコミュニケーションがとれていれば、女性はどんな結果になったとしても納得して出産に臨むことができます。
医者と女性の間に立って、相手の意図を通訳してあげるのもLMC助産師の仕事です。「医者から言われたから」「そう決まっているみたいだから」という理由で判断を人任せにせず、女性が納得いくまで調べたり考えたりすることで、主体的に産む準備になるからです。実際に、何か異常があって医者に診てもらったクライアントの女性が、医者から聞いた話や提示された選択肢に疑問を持って私にアドバイスを求めてくることは、よくあります。医者に会うのは一度か二度であることが多いので、コミュニケーションが上手く行かない場合もありますし、妊娠の経過をずっと見守ってきたLMC助産師の方をより信頼してくれているのだと思います。
Q. ニュージーランドでは、妊娠した女性が自分でLMCを選ぶシステムになっています。助産師を選ぶときはどんなことに気をつけたらいいですか?
自分が「話しやすい」と思えることが一番だと思います。気を遣わずに、自分が納得のいくまで質問ができる人がいいですね。妊娠・出産は、現代の多くの女性にとって一生の中で何度もあることではないと思いますので、すべての妊婦さんがいい助産師に会えることを願っています。
Q. Independent Midwife(独立開業助産師)の一週間を教えてください。
私のクリニックは火曜日で、1日に20~25人の女性の検診を行います。それ以外の日は、検査結果の確認、異常がある場合はご本人への連絡と医師への連携、各種ペーパーワーク、薬の処方、クライアントの女性からの相談に対する返信などの仕事をし、その合間に出産に立ち会うというスケジュールです。出産はいつ始まるか分からないので、クリニックのある日に出産が重なってしまうこともあります。その場合は、検診をバックアップの助産師に頼むか、他の日に移動してもらうことになります。
助産師の仕事は大好きですが、自分のプライベートの時間を守らないと、仕事を続けていくことはできません。私は、週末は緊急の出産や異常事態以外は極力対応しなくてすむよう、検査結果などのメールは見ないことにしています。また、クライアントの女性には初めに必ず「私はあなたの助産師であって、友達ではないよ」と説明しています。そうしないと、検診が雑談になってしまったり、クライアントがプライベートなメールを送って来たりしてしまうからです。もちろん、妊娠・出産に関わることは精一杯サポートしますが、境界線を引いておくことも必要です。おかげさまで私のクライアントはこのことを理解してくださっているので、いいワークバランスを保つことができています。
Q. 助産師として働くうえで一番の魅力は何ですか?
同じ妊娠、出産は一つとしてないこと、また、女性や赤ちゃんの生命力に驚かされ、いい意味で裏切られることが一番の魅力ですね。一般的には「助産師が女性を手助けしている」と思われていると思いますが、実は私たち助産師は、子どもを産む女性から大きな力をもらっているのです。上手く行かなさそうだと思っていたお産がスムーズに進むのを目の当たりにしたり、この人にこんな力があったのか!と驚くような出産に立ち会ったりすることが、私の活力になっています。
Q. ニュージーランドのmidwifeと日本の助産師には、どんな違いがあるのでしょうか?
ニュージーランドのmidwifeが日本の助産師と違うところはいくつかあります。大きな違いは、midwifeは薬の処方や会陰切開、傷の縫合などの一部の医療行為が認められていることです。このため、日本で助産師をしていた人がニュージーランドでmidwifeの資格を取得するためには、薬剤処方のための薬学のコースなどを追加で受講する必要があります。(他にも、助産師としての一定期間以上の勤務経験、英語能力の証明(IELTS7.5以上)、マオリ文化などニュージーランド独特の分野の勉強をするコースの受講など、いくつかの条件をクリアする必要があります。)
また、ニュージーランドでは分業がはっきりしていて、midwifeは助産業務以外のことは一切しません。midwifeの業務は「妊娠から産後4週目(または6週目)まで」と決まっています。midwifeは看護師ではないので、それ以外の期間や、妊娠・出産に関係のない不調については、該当機関に引き継ぐだけで、midwifeとして面倒を看る必要はありません。日本の助産師は看護師でもある(※助産師資格を取得できるのは看護師資格保有者のみであるため)ので、看護も含めた幅広い役割を求められることがあるようですね。
Q. オフの日や仕事終わりの過ごし方はどのような感じですか?
助産師は「オフの予定の日」であろうと完全にオフになることはありません。出産は週末にも真夜中にも始まる可能性があるので、毎日、一日中、緊急に対応するために待機するオンコールなのです。そうは言っても、やはり仕事が終わって家に帰り、家族に会うとホッとしますね。夫にもよく「家での話し方と、仕事の話をするときの話し方は、口調が違う」と言われます。家族と過ごす時間は、それだけリラックスできているということなのでしょう。
日本に一時帰国するなど長期の休みを取る場合は、何か月も前から計画を立てて、クライアントの女性の予約を入れないようにします。誕生日や記念日なども、できる範囲で仕事が入らないように調整します。何かあった時のためにバックアップの助産師もいます。出産には立ち会うようできる限りの努力はしますが、100%の確証はないので、例え私が立ち会えなかったとしても、自力で産める精神力と身体力を女性に身に着けさせ、女性がそうできるようにサポートすることが助産師の仕事だと思っています。
Q. 最後に、これからニュージーランドで助産師になりたいと考えている方に向けて、アドバイスやメッセージをお願いします。
助産師は大変な仕事ではありますが、ニュージーランドに日本人助産師がもっと増えてほしいと思っています。中国人や韓国人など、他のアジア系の助産師はいくらかいるのですが、2024年現在、日本人助産師は私ともう一人しかいないんです。
妊娠中は些細なことでも不安な気持ちになるものですが、慣れない異文化の中で妊娠・出産をするのはより大きな心配になると思います。英語のハードル、マタニティケア制度の違い、出産方法の違い、こんな質問をしてもいいのだろうか、言いづらいことをなかなか切り出せない。そんな時に、自分の気持ちを察してくれる、同じ文化出身の日本人助産師がいたらどんなに気持ちが楽になるか分かりません。私は可能な限り日本人女性のケアを引き受けていますが、私一人ではやはり限界があります。この仕事を一緒に請け負ってくれる日本人助産師が増えてくれることを切に願っています。
助産師 (Independent Midwife)
パホモフ由香さん
高知県生まれ。大学卒業後、看護師に。神奈川と東京で勤務していたころ結婚、新婚旅行でニュージーランドを訪れる。日本で2児を授かった後、2010年に家族でニュージーランドに移住。移住後すぐに3人目の妊娠がわかり、ニュージーランドで第3子を出産。自らの妊娠・出産を契機に助産師の仕事に興味を持ち、第3子が1歳になるころに勉強をスタート。厳しい英語要件と3年間に及ぶ大学の授業・実習・試験を乗り越え、2017年、助産師の国家資格を取得。病院助産師を経て、独立。唯一のオークランド在住日本人助産師として活躍中。
Web:https://www.findyourmidwife.co.nz/midwives/yuka-pakhomov-22631
facebook: www.facebook.com/yuka.pax
取材・編集 GekkanNZ
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