日本とニュージーランド両国をまたいでメリノウールブランドを立ち上げた下山陽子さんが、メリノの魅力と一緒に伝えたいこととは。
写真は、オークランドに5月にオープンした直営店『Wonder Journal 』(住所:8 Te Ara Tahuhu, Britomart)。ヤーンの製品のほか日本・ニュージーランドのアーティストの作品をセレクトして販売。「この場がモノや人が出会える場所、クロッシングポイントになったらいいな」と語る下山さん。
自然の恵みメリノウールと出会う
下山陽子さんがメリノウールに出会ったのは、10年ほど前。当時から子供服を売っているデパートやローカルブランドでは、メリノウールはインナーやスポーツウエアによく使われていた。「ウールを直接着てチクチクしないのか、日常的に洗って縮まないのか」と思いながら試しているうちに普通のウールとの違いを体感し、メリノの魅力に引き込まれていったという。
「洋服が好きなのでメリノ製品をいろいろ見ていましたが、スポーティーすぎたり、肌着感がありすぎたりデザインがしっくりこないと感じました。自分がいいなと思うものを作りたい、そしてニュージーランドのものを日本に発信したい気持ちもあったので、自分でメリノウールブランドを作ろうと思いました」
良い羊毛にはわけがある
繊維やアパレル業界は初めてだった下山さんは、自分で調べることから始めた。毛の細さや柔らかさは羊の品種によって違い、メリノは肌に直接触れるものとして最適であることを知る。機能性だけでなく、当時日本ではなじみのない“サステナブル”な羊毛産業の背景にも非常に興味を持った。サステナブルとは、環境に配慮して羊の飼育を行うこと。それは羊毛の品質向上にもつながる。
「羊の食事に注意を払い、健康的にストレスフリーに育てることで、強くて細い、柔らかい毛ができます。生産性を高めるために行われているミュールジング*はこの国では全面禁止され、羊のウェルフェアや労働者環境などが第三者機関によって的確にチェックされています」
また、羊毛がどの農家でどの時期に採れたものか、消費者の手に渡るまでのトレーサビリティーが確立され、安定した品質と供給が維持でき、産業が長く続けられることも知った。
「ニュージーランドに住んでいると環境に対する考え方を自然に意識するようになります。フェアトレード製品は一般的なスーパーにも並び、野鳥の保護に力を入れていたり、植林活動がさかんです。子どもの学校でもエコ活動が活発ですね。製品を通して、こういった文化や背景、ライフスタイルなど、住んでいるからこそ実感することも日本に住んでいる方に伝えられたらと思います」
“やってみる”ことを応援したい
メリノに魅せられ起業に挑んだが、持っている資金で何ができるかを覚悟して決めることや、生産のシステムを確立することはとても大変だったという。準備には長い年月もかかった。
「ヤーンの立ち上げを通して、やろうと思ったらやれるということも伝えたいですね。やりたいことを実現するためには、ささいなことでもいいから一歩踏み出して行動してみることが大切です。動くことでその先が見えてくるので、好奇心を持って行動することで、実現したいことの方向性が見えてくると思います」
また、子どもをニュージーランドで育てたい、環境が魅力的と感じて移住してきた下山さんにとって、「人とモノと文化をつなぎたい」という思いが根底にある。
「大好きな日本とニュージーランド両国の間で仕事をして、二つの国をつなぐことに関わり、二つの国の人たちを幸せにすることに携わっていたいと思っています」
この思いは、日本のモノづくりやデザインをニュージーランドで伝える場でもある『クリエーターズマーケット』(オークランドで年に数回主催)やセレクトショップ『ワンダージャーナル』にも反映されている。
*虫の寄生を防ぐため赤ちゃんの時にしっぽを切る処置
下山陽子さん
メリノウールブランド『YARN』創業者2011年、ニュージーランドへ移住。2019年にYARN NZを設立。ニュージーランド産メリノウールを原料に、日本でデザイン・縫製をしたインナーウエアを、日本を中心に販売している。
【Web】yarn-nz.com
取材・文 GekkanNZ編集部
2021年10月号掲載