大阪で社会福祉士として働いていた木原さん。過酷な状況下にある女性に対して社会的支援を行う中で、心理的支援の仕方が分からないもどかしさを抱え、当時の心理学先進国だったニュージーランドへの留学を決意した。カウンセリングの学位取得後、さまざまな相談機関での経験を積むとともに各種資格を取得し、心理カウンセラーとして更なる力をつけた。現在は自らのクリニックを開業し、一般向けのワークショップの開催や後継者の指導にも活動の幅を広げている。幅広い分野の心理学に精通している木原さんに、ニュージーランドのカウンセリング現場や心理カウンセラーのセルフケアについてお話を伺った。
Q. 日本では社会福祉士をされていたそうですが、どんなきっかけでニュージーランドへ来ましたか?
日本では、社会福祉士として大阪府庁の女性相談センターやDVセンターで働いていました。人身取引されてセックスワーカーとして働かされている外国人女性や、外国人の夫からの家庭内暴力から逃れて日本に避難してきた日本人母子など、過酷な状況下に置かれている女性の社会的支援を行いました。私は日本の大学で社会福祉士になるための勉強をしたので、児童相談所や移民局との協同により被害者の保護をするなどの社会的支援はできたのですが、被害者への心理的支援ができないのをとてもやるせなく感じていました。目の前に傷ついている被害者がいるのに、声のかけ方さえ分からない。そこで心理学を勉強しようと思ったのです。
当時、ニュージーランドは心理学先進国として有名で、国の機関や大学がニュージーランドに研修に行ったり、研究者を受け入れたりしていました。それで自然と、心理学の勉強を始めるならニュージーランドでと思うようになりました。
また、ニュージーランドの心理学界には学閥がないのもポイントでした。心理学という学問は国による学閥争いがあり、アメリカに行くとアメリカ式、イギリスだとヨーロッパ式の研究にならざるを得ないところがあるんです。ところがオセアニアであるニュージーランドにはそういうものがないので、自由に研究ができると思いました。
Q. 心理カウンセラーの主な仕事内容について教えてください。
心理カウンセラーの仕事は「心理的支援をする」という点は共通ですが、専門としている分野が異なると働く場所も仕事内容も全然違います。同じ弁護士さんでも、家庭法に詳しい弁護士さんが離婚専門の法律事務所で働いて、企業法務に詳しい弁護士さんが企業内で働くのと一緒です。例えば対人関係の問題支援を専門としているカウンセラーは、プライベートクリニックを開業している人が多いです。アルコールやドラッグの依存症の支援を専門にしているカウンセラーの多くは、依存症治療専門施設や病院で働いています。多くの心理カウンセラーは自分の専門が決まっていて、どんな困りごとでもよろずに相談できる心理カウンセラーはあまりいません。
一方私は、日本での社会福祉士時代の経験から、どんなタイプの困難を抱えている方の支援もできる心理カウンセラーを目指していました。心理障がい、精神障がい、ギャンブル依存症、鬱、不安、トラウマ、性的虐待、DV、ドラッグ中毒など、何にでも対応できるように、ありとあらゆる支援機関・相談機関で働いて、結果、北はファンガレイから南はインバーカーギルまで全国のいろいろな方の相談に対応しました。
ニュージーランドでは、例えばクライアントがドラッグ中毒であることが判明した場合、対応するカウンセラーはドラッグ中毒に対応できる資格を持っていないといけないというルールがあります。もし自分に資格がない場合、資格のあるカウンセラーに紹介状を書かないといけないのです。資格を得るために、私自身がたくさんのトレーニングを受けました。その結果、広範囲にわたる専門性と技術を身に着けたと自負しています。
どんな心理的支援もできるという自信をつけた2021年、自分のクリニックであるHana Counselling and Education Limitedをオークランドで開業しました。今はクリニック代表として、心理学を使ったワークショップの開催や、カウンセラーのトレーニングにも力を入れています。
Q. ニュージーランドで心理カウンセラーとしての仕事はどのように探しましたか?
ニュージーランドに来てすぐは英語が全然話せなかったので、まずは英語学校に行きました。その後、カウンセリングの勉強を1から始め、2年間かけて卒業し、地元の新卒の人と同じように就職活動をして、相談機関に就職しました。
卒業してすぐ自分のクリニックを開業する人もいますが、私はとにかくあらゆるタイプの心理的支援をできるような力をつけたいという目標があったので、初めの何年かは修行だと思って、さまざまな分野の相談機関を渡り歩きました。ニュージーランドには国が運営する無料の相談機関がたくさんあるので、実力と経験をつけるのはもってこいだと思います。
Q.ニュージーランドで心理カウンセラーとして働くために必要な資格、あった方がいい経験などがあれば教えてください。
前の回答の通り、ニュージーランドでは、カウンセリングの学位があっても、より専門的な資格がないとできない心理的支援が存在します。私は必要だと思われる資格はすべて、年数をかけて取得しました。一例をあげると、Domestic Violence Advocacy、ACC registered Trauma (Sexual Abuse) Therapist、ACC registered Trauma (Sexual Abuse) Therapist、EMDR associate membershipなどです。
私はニュージーランドでソーシャルワーカーとしても働いています。ニュージーランドのソーシャルワーカー資格を取得するにあたり、はじめは「海外で社会福祉士を有している者」というカテゴリーでの申請したのですが、協会側が私の日本やニュージーランドでの就労経験や修士の学位を考慮してくださり、取得に至りました。この時、経験や英語能力の証明よりも大変だったのは、マオリ関連の知識の証明です。ソーシャルワーカーとして働くためには、マオリの入植の歴史やTe Whare Tapa Whāというマオリのための心理支援モデルやワイタンギ条約を正確に理解しているかという点が非常に重視されます。ここをクリアしないと、特に政府機関など公的な機関では働くことができません。この点は心理カウンセラーも同じです。
Q. 「ニュージーランドで働く」ならではの楽しさや魅力、やりがいについて教えてください。
ニュージーランドは個人の意見が尊重される国なので、自分の判断で仕事を動かせるのが楽しいですね。日本では回覧板みたいな決裁書類があって、直属の上司から始まり、何人ものさらに上層部の方々のサインをもらわないと仕事が進みませんでしたが、ニュージーランドではそういうことはありません。
移民であるが故の差別に合うことがあるのは、プロの心理カウンセラーとしてある意味で興味深い体験です。日本にいた時には得られなかった経験ですから。もちろん差別を受けるのは愉快なことではありませんが、差別というシステムを間近に見られるのは、自分の心理カウンセラーとしての力にもなっていると感じます。
さまざまな相談機関で働いたので、いろんな組織を経験しましたが、同じ心理カウンセラーという仕事をしているのに、所属機関によって、待遇、給料、組織文化が何もかも違っていたのも興味深いですね。日本で社会福祉士として働いていた時は、大阪府庁でもNGOでもそこまで大きな差はなかったと思います。
Q.また反対に大変なことや難しいと感じる部分はありますか?
すぐ上の質問の回答と相反するように思われるかもしれませんが、人種差別に合うのは困難の一つと言っていいでしょう。「日本人なのに英語が話せるんですね」と言われるのも、初めは誉め言葉と受け取っていましたが、もうお腹いっぱい、という感じです。「日本人はアジア人の中でも特に英語が話せない人種」というスティグマを持っている方が多く、長年言われ続けているとだんだんうんざりしてきます。
担当として現れた心理カウンセラーである私を見て、「白人じゃない」、「マオリじゃない」とがっかりされたことは数知れません。コロナ中にオークランドのLynnMallのスーパーで発生したテロ事件を担当したときも、初めは現場の方々に「ニュージーランド人じゃないから」と嫌がられました。私は積極的に店の掃除をしたり、慣れないながらもレジを手伝ってみたりして、少しでも心を開いてもらうために現場に馴染む努力をしました。初めは私を見ると表情を硬くしていた皆さんが、だんだんと会話に応じてくれるようになり、次第に心を開いていってくださったのが印象的でした。
私は、このような思いやりや丁寧さ、きめ細かな対応が日本人の良さだと思っています。この国での日本人の評価を上げるためにも、私は常に日本人を代表しているという意識で、日本人の良さを打ち出すセラピーを心がけています。
Q. ニュージーランドと日本での働き方の違いなどはありますか?
ニュージーランドには、日本と比べていろいろな雇用契約があり、各スタッフが自分に合った働き方が許されていると感じます。どんなに仕事が立て込んでいても、2時半になると「子どものお迎えがあるから」と帰る人は珍しくありません。
同僚のプライベートなことには口を出さないのも徹底していますね。「風邪をひいたのでシックリーブを取りたい」という電話の背景できゃあきゃあ騒いでいる声が聞こえても、従業員のプライバシーが尊重されているので、誰もコメントしません。
Q. オフの日や仕事終わりの過ごし方はどのような感じですか?
オフの時間の過ごし方は、心理カウンセラーにとって非常に重要です。実は私の修士論文テーマが「Self-care for professional counsellors by using Japanese Zen art therapy (禅の教えを活かした心理カウンセラーのためのセルフケア)」でした。
私は家でネコとカメと熱帯魚と金魚を飼っていて、オフの時間に生き物のお世話を楽しんでいます。家庭菜園や生け花、書道や茶道、テニスやダンスもしています。また、地域貢献のためにボランティアで心理学を教えています。興味のある方は、Meetupのリンクを貼っておきますので、見てみてください。
Q. 最後に、これからニュージーランドで心理カウンセラーをやりたいと考えている方に向けて、アドバイスやメッセージをお願いします。
私は、ニュージーランドは「なりたいものになる」のが比較的易しい国だと思っています。「まだ若いから」とか「女性には無理」というような理由で夢が頓挫してしまうことはほとんどありません。夢をかなえるために大切なことは、明確な目標を持つことと、コミュニティに入ることだと思います。自分のやりたいことを公言しておくと、どこからともなく助けてくれる人が現れて、人と人とのつながりで夢がかなう仕組みになっているんです。私もドサ回りの修行の結果、いろいろな業界に知人ができて、何度も助けてもらいました。
私はニュージーランドに来てから心理カウンセラーになりましたが、私のように1からカウンセリングの勉強をする方も、日本で経験のある心理カウンセラーの方も、たくさんの方がニュージーランドのカウンセラーを目指してくださることを願っています。
心理カウンセラー・EMDRセラピスト・ソーシャルワーカー
木原 愛さん
大阪府出身。大阪府庁女性相談センター勤務を経て、2008年ニュージーランドへ移住。Lifeway College Diploma of Counsellingコース修了後、心理カウンセラーとして10年間、Lifeline、MSD、Youth line、Shine Domestic Violence Centre、CNSST、Family Worksなどのさまざまな相談機関で勤務。オークランド大学大学院にてカウンセリングの修士号を取得後、MITカウンセリングコースにて講師として勤務。2010年より、個人カウンセリングと並行して、コミュニティサポートワーカーとしても勤務。その幅広い経験から、専門分野はトラウマ、依存症、EMDR、ダンスセラピーなど、多岐にわたる。現在はHana Counselling and Education (ACC/EAP/EMDR therapist)の代表を務める。
Web:https://www.hanacounselling.com/
Meetup:https://www.meetup.com/loveiseverything/?eventOrigin=home_groups_you_organize
facebook:https://www.facebook.com/ai.kihara.7568
Instagram:https://www.instagram.com/hanacounselling/
取材・編集 GekkanNZ
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