日本で獣医師としての修業を積みながら、幼少期より憧れていた海外で働くための情報を集めていたひろえさん。ワーキングホリデービザでニュージーランドに入国した後、英語を勉強しながら選択肢を探り、大学の研修獣医師というポジションを獲得した。現在は、ほとんどの獣医師が海外出身という多国籍な職場で、牛の専門医を目指して日々奮闘している。ひろえさんが獣医師としてニュージーランドで働き口を見つけた方法や、ニュージーランドの柔軟な働き方、酪農システムについてお話を伺った。
Q. ニュージーランドへ来たきっかけは何ですか?
ニュージーランドには2022年7月に来ました。幼少期よりずっと海外に漠然とした憧れがあり、いつかは海外で働いてみたいと思っていました。それで、コロナが明けた後すぐにワーキングホリデービザを取得しました。
以前に長期的に海外に滞在した経験はありません。ニュージーランドを選んだのは、英語圏なので比較的敷居が低かったのと、マッセイ大学の教授を紹介していただいたのが理由です。たまたま母校の教授がマッセイ大学の教授と知り合いで、紹介していただくことができました。
Q. ニュージーランドに来る前はどんなお仕事をされていましたか?
大学卒業後に、岩手県の県南にある動物診療所で牛の獣医師として働いていました。獣医師の仕事の基礎的なことはすべてこの診療所で学びました。この地域は主に和牛農家さんが多く、酪農家さんは少なかったです。毎日が大変充実しており、海外に出てみたいという願望がなければずっと勤務していたと思います。
Q. 獣医師の主な仕事内容について教えてください。
一口に獣医師と言っても、犬や猫のお医者さんから研究職までいろいろなタイプの獣医師がいます。私の専門分野は牛の診療で、同じ産業動物である羊やヤギを診療することもあります。現在はレジデント(研修獣医師)として働いていて、2年後の試験に合格して牛の専門医になるのが目標です。
毎日農場に行き、牛を診察してから、治療します。働いているのが大学付属病院なので、学生の教育のために基本的に2~3人の学生と一緒に往診しています。勤務時間は基本的に朝8時から夕方4時半までです。獣医師が農場に出向いて診療することが多いですが、小さいヤギや羊は直接診療所に運び込まれてくることもあります。
牛の診療は、手術をはじめとする外科領域から、薬の処方、牛を「群れ」で管理する群管理など、幅広く行っています。牛のかかる疾患の多くは人間の疾患に似ていて、風邪や下痢、捻挫が多いです。一方で、胃が4つあり反芻をする牛特有の病気にかかることもあります。
ニュージーランドは世界でも珍しく、牧草の成長に合わせて季節性の酪農を行っているため、7月中旬ごろから始まるお産の時期は忙しいですね。この時期に全ての牛が一斉にお産を始めるので、お産や産まれた子牛の診療で獣医師が呼ばれることが多いです。逆にお産や種付が終わる12月ごろは閑散期で、そんな時はマスターの勉強や自分の取り組んでいる研究を進めたりしてます。
Q. ニュージーランドで獣医師としての仕事はどのように探しましたか?
まずは、獣医師としての技術を身につけるため、日本で牛の臨床獣医師として腕を磨きました。
日本の獣医師免許は海外でそのまま使用できないため、どのようなルートを辿れば獣医師として海外で働けるかインターネットで検索し、なるべく情報を集めました。情報はあればあるほど選択肢が広がるので、まずは綿密な情報集めを強くお勧めします。
また、実際に海外で働いていらっしゃる先生に直接連絡してお話を伺ったり、興味のある大学などにも直接メールで問い合わせをしました。ダメ元でしたが、いくつかの大学は丁寧にお返事をくれました。海外はコネ社会の側面も強いので、行きたい海外の大学に繋がりがないか、母校の先生や他大学の知り合いに聞き取りもしましたね。最終的には、母校の大学の教授の知り合いのいるマッセイ大学にお世話になることに決めました。
Q.ニュージーランドで獣医師として働くために必要な資格、あった方がいい経験などがあれば教えてください。
日本の獣医師がニュージーランドで獣医師として働くには、免許の書き換えが必要です。ニュージーランド獣医師会(Vet Council)のウェブサイトに登録のページがあり、必要書類をそろえてアップロードするとニュージーランドの獣医師免許が取得できます。私の時は英語の試験のスコア、無犯罪署名書、農林水産省からのgood standing letterなどが必要でしたが、日々ルールが変更されますので、最新の情報を検索してください。
診療に必要な基本的な手技は、英語で1から学ぶより日本語で理解する方が簡単なので、日本で勉強してきた方がいいと思います。牛でいうと、基本的な身体所見、去勢、DA、帝王切開などです。もちろん、日本でもニュージーランドでも、大学で満遍なく学ぶと思うので、心配しすぎる必要はありません。
英語力はあればあるほどいいです。私は日本生まれ日本育ち、英語の勉強も十分ではなかったため、最初はものすごく苦労しましたし、今も完璧ではありません。獣医師とはいえ直接話すのは畜主の方なので、滑らかなコミュニケーションは必須です。毎日のように新しい単語に出会いますし、電話が聞き取れなくて凹むこともたくさんあります。ニュージーランドで研修医をするために必要な英語力は、IELTS全項目7.0程度が目安です。私は英語をクリアするのに悶え苦しみましたので、日本でなるべく勉強しておくことをお勧めします。
Q. 「ニュージーランドで働く」ならではの楽しさや魅力、やりがいについて教えてください。
日本とは全く違う環境で獣医師として働けるのが楽しいですね。牛の飼い方一つでも両国の違いを感じ、それに伴って発生する病気や傾向も異なります。それを学び、また素晴らしい同僚やメンターの獣医師から新しいことを学べる過程が魅力的です。
マッセイ大学の診療所の獣医師は多国籍で、同僚にはドイツ、キプロス、UK、オーストラリア、オランダなど様々な国の出身者がいます。教育病院でもあるため学生の教育も行っていますが、彼らと話す何気ない雑談も楽しんでいます。全体の20%は留学生なので、様々な国のことを聞くことができます。
Q.また反対に大変なことや難しいと感じる部分はありますか?
農家さんにとっての牛の価値観を理解するのが難しいです。ニュージーランドでは、牛一頭の価値が日本より低いため、治療にかけるお金にシビアな部分があります。手術をすれば救えるかもしれない場面でも、農家さんは金銭的な理由で治療を選択しないこともあります。また、日本のNOSAI制度のような保健制度がないため、自費ですべてを支払わなければいけないことも意思決定に影響しています。牛はペットではなく産業動物であるため、コストと利益を考える必要があるのです。
また、酪農システムの違いにより起こる問題もあります。少人数の農家さんが、たくさんの牛を管理しているため、牛1頭1頭に割ける時間は少なくなります。特に問題が起こるのは分娩シーズンで、難産を見逃してしまったり、発見した時には手遅れになっていることもあります。システムの違いなので一朝一夕に変えられることではなく、牛と農家さんにとってベストなバランスを見つけることは難しいと日々感じています。
また繊細な会話を英語で行うことにまだ慣れていないため、歯痒い思いをすることも多いです。
Q. ニュージーランドと日本での働き方の違いなどはありますか?
いくつかありますが、大きいものは主に拘束時間や休みへの考え方だと思います。
私を含め、ほとんどのスタッフが4時半の退勤時間が過ぎたら速やかに帰宅しています。オフィスにいると、早く帰りなさいと言われるからです。
1か月間の有給休暇を取るのはごく普通のことであり、それが診療所であろうと誰も非難しません。お互いにカバーしますし、もしカバーできそうにない時は、その時だけ働いてくれる獣医師を探して雇います。
働き方も柔軟で、多岐に渡ります。子供がいるから毎日3時に退勤するパートタイムのお父さん獣医師や、月曜から木曜まで週4日だけ働いて金曜は休む獣医師、お産シーズンの忙しい時のみ働く引退した獣医師などが身近にいます。女性獣医師が妊娠・出産する場合、臨床獣医師としてのキャリアを諦める必要はなく、職場が時短勤務や大学の託児施設などの最大限のサポートを提供しています。休みがない過酷な職場もあるようですが、多くの職場はその人のライフスタイルに合わせてのびのびと働くことができるようになっていると思います。
Q. オフの日や仕事終わりの過ごし方はどのような感じですか?
夜間当番ではない時は、仕事終わりに友人と夜ご飯を食べたり趣味を楽しみます。ダラダラと目的もなく散歩するのも好きです。日本に住んでいる友人とスカイプをして近況報告もよくします。締切の近いレポートや仕事がある時は、自宅でコーヒーと共に作業を進めることもあります。
オフの日は、少し遠出してウェリントンに遊びに行ったり、ビーチでのんびりしたりします。私の住むパーマストンノースは都会ではありませんが、生きていくのに必要なものはある、という雰囲気なので、休みに散策するのにちょうどよく感じます。
Q. 最後に、これからニュージーランドで獣医師をやりたいと考えている方に向けて、アドバイスやメッセージをお願いします。
ニュージーランドで獣医師として働く方法は多岐に渡ります。大動物、小動物、エキゾチックの臨床はもちろんのこと、獣医領域の研究職や衛生関係の仕事もあり、選択肢が豊富です。そしてワークライフバランスが整っているため、家庭を持ったとしても比較的長期的なキャリアを描くことができます。
すでに日本で獣医師として働いている方であれば獣医師としての知識面は問題ないと思いますが、英語はチャレンジングですね。これから大学に入学する方は、直接マッセイ大学の獣医学部を受験してもいいかもしれません。そうすれば免許を書き換える必要がないので。
個人的なオススメは、「とりあえずワーキングホリデービザでニュージーランドに来て、英語を勉強しながら選択肢を探る」ということです。来てみれば、何とかなります。私もこの方法でニュージーランドに来ました。ワーキングホリデービザは勉強、働く、遊ぶができるとても自由度の高い素晴らしいビザなので、30歳以下の方はぜひ活用してみてください。
実際にニュージーランドで働いてみて、私自身、この国に来て良かった、牛の臨床獣医師としてずっと働きたいと心から思います。Xのアカウントを以下に載せますので、何か質問等あればお気軽に連絡してください!
獣医師
ひろえさん
1993年鹿児島県生まれ。2020年岩手大学卒業。岩手県で約2年間獣医師として勤務した後、2022年ニュージーランドに移住。2023年ニュージーランドでECBHM(European College of Bovine Health Management)のレジデント(研修獣医師)開始。2024年現在、レジデントとしてマッセイ大学付属Massey Farm Services勤務。牛の専門医になるべく2年後の試験を目指して勉強の日々。趣味は語学学習、スキューバダイビング、動物を撫でる、など。
X:x.com/ushi_100per
取材・編集 GekkanNZ
この記事の内容は個人の過去の体験談です。必要な場合は、最新の情報をご確認ください。