2024年ベルリン国際映画祭で高い評価を受けたドキュメンタリー映画『五香宮(ごこうぐう)の猫』。猫と人、そして自然との共生を描く本作について、GekkanNZでは想田和弘監督にお話を伺いました。
牛窓に移住されたきっかけと、映画制作に至るまでの経緯を教えてください。
パンデミックの最中、ニューヨークから妻(プロデューサーの柏木規与子さん)の親の故郷でもある岡山県牛窓に移住しました。以前『牡蠣工場』(2016年)『港町』(2018年)を撮影しています。移住後すぐに、五香宮の猫たちとの出会いがあり、地域の避妊手術ボランティアの記録からカメラを回し始めました。
神社と猫たち、そして地域の人々。
どのように撮影は展開していったのでしょうか。
五香宮には、猫たちだけでなく、さまざまな人々がさまざまな理由で集まっていました。そこはまるで日本の伝統的な“コミュニティセンター”のよう。猫を観察していると、必ずその背景に人間が映り込みます。気づけば2年間、カメラを回し続けていました。

音楽やナレーションを一切使用していないのはなぜですか?
僕のスタイルである“観察映画”では、音楽やナレーションを使わないのがポリシー※1です。BGMがあると、観客の解釈を誘導してしまいます。同じ場面でも、人によって悲しくも、コミカルにも感じられるはず。そこを制限したくないんです。
手持ちカメラにこだわる理由は?
観察映画では、撮影者が被写体に合わせて動くことが大切。三脚に固定してしまうと柔軟な観察ができない。僕は撮影者は“従”であり、被写体が“主”だと考えています。だから手持ちでベストな位置を探して動き続けるんです。
作品にはメッセージや意図が直接語られていませんが、あえてそうしているのでしょうか?
はい、僕は解釈に開かれた映画を撮りたいと思っています。現実は多様で複雑。僕自身のメッセージやテーマを押し付けるより、観客自身が“よく見て、よく聞いて”、自由に感じ取ってほしいと思っています。
動物が人の心を癒すとよく言われますが、この地域でもそのような役割を果たしていると感じますか?
猫に限らず、人間も動物です。人間だけが地球の主ではないと思っています。人間の都合で他の生き物を選別・排除することで、世界が人間自身にとっても住みにくくなっている。共存の道を探ることが大切だと感じています。

最後に、若い視聴者たちが「面白かった」「楽しかった」と感じたことについて、どう思われましたか?
とても嬉しかったです。切ない部分もある映画ですが、そこからそれぞれの感情や解釈が生まれるのが“観察映画”の醍醐味でもあります。
※1
想田監督はテレビ番組制作の現場で、事前の調査や台本づくり、ナレーションや音楽による演出が、現実をありのままに捉える妨げになると感じたと言います。だからこそ、あえて「観察」に徹し、観客にも主体的に作品を見て・感じてもらえる映画作りを目指しているのです。
編集後記
監督の語る“観察映画”の哲学は、スクリーンを越えて私たちの日常の見方すら変えてくれるようでした。私たちがこの映画をどう感じたのか。。。それもまた、作品の一部なのかもしれません。
観察映画の「十戒」
想田和弘監督による、観察映画を制作する際の10の原則
- リサーチをしない
- 撮影対象と事前に打ち合わせをしない
- 台本は作らない
- カメラは自分で回す
- できるだけ長時間撮影する
- 狭い範囲を深く掘り下げる
- 編集前にテーマや目的を設定しない
- ナレーション・字幕・音楽を使わない
- 長回しを使う
- 製作費は自分で負担する
ドキュメンタリー映画『五香宮(ごこうぐう)の猫』
「選挙」「精神」など「観察映画」と称する独自の手法のドキュメンタリー作品で知られる想田和弘監督が、「牡蠣工場」「港町」の舞台となった岡山県牛窓の人と猫と自然をとらえたドキュメンタリー。
瀬戸内海の港町・牛窓で古くから親しまれてきた小さな鎮守の社・五香宮。数十匹の野良猫が住み着いていることから「猫神社」とも呼ばれ、猫好きの住民や来訪者からは喜ばれているが、その一方で糞尿の被害に悩まされる住民もいる。
2021年に27年暮らしてきたニューヨークを離れて牛窓に移住した想田監督と妻でプロデューサーの柏木規与子は、新入りの住民として地域に飛び込み猫を巡る問題に巻き込まれながらも、高齢化の進む伝統的コミュニティとその中心にある五香宮にカメラを向け、四季折々の美しい自然の中で猫と人間が織りなす豊かな光景を映し出していく。
想田和弘(映画作家) & 柏木規与子(プロデューサー)
栃木県足利市出身の映画作家・想田和弘と、岡山県出身のプロデューサー・柏木規与子は、ニューヨークでの生活を経て、現在は岡山県・牛窓に在住。想田監督は、ナレーションや音楽を排した独自のドキュメンタリー手法「観察映画」を提唱し、ベルリン国際映画祭をはじめ世界で高く評価されてきた。プロデューサーの柏木は、想田作品のすべてを手がけるパートナーであり、太極拳の師範でもある。
