うちの庭にはレモンの木がある。もうかなり前のこと、両親が日本からやってきた時に、この木の苗を植えてくれた。草木を育てるのが苦手な娘でも、食べ物がなるのなら少しは大事にするだろう…と目論んでのチョイスだったのだと思う。やがて両親の思惑が叶ったのか、レモンの木はすくすくと育ち、ほぼな〜んにも世話をしていないというのにちゃんと実をつけるようになった。そして、やはり自分の家の庭で食べ物ができてくるのはうれしいもので、ちょっと摘んできてパッと使える便利さを日々味わっている。
ところが、その便利さもレモンの実がなっている時だけのもの…。当然、レモンも自然の産物だから、実がない季節はただの葉っぱの茂った木である。それでも、最盛期にはあんなに実がつくんだもの、一個ぐらいはいつでも奥に残っているよね?といちるの望みをかけながら手を突っ込んでみて、やっぱり何にもない時のあの気持ちときたら!(だって…今日の料理には一個あれば十分なのに〜!それでもナイのか!)あ〜、さっきスーパーに行ったついでに、たった一個を買っておけばこんなことには…。おまけに、ニュージーランドって季節によっては“一切”手に入らない作物が存在する、恐ろしい国だったりする。レモンもそんなくだものの一つで、国産、輸入品ともに、売り場にない時は本当にどこにもナイ!自分の家の木にないなら、国中どこにも見当たりません…なんて過酷すぎじゃないか(逆に、どんな野菜もくだものも年中ある状態こそ不自然なのだと気付かされたりするのだが)。またレモンとは不思議なもので、料理によってはお酢や瓶入りのレモン果汁でどうにか代用できるが、レモンそのもののあの香気と爽やかな酸味は、うそんこの材料では到底出せない時があるのだ。一個、たった一個でいいから、いつでもあって欲しいよ〜レモン!
さて一方、冬から春にかけての今は、そんな悩みはどこへやら…レモンの木はボンボコと金色の実を実らせて、眩しいほどの景観である。むしろ、「ちまちまフライに絞ってるくらいじゃ全然減らない…」と庭でタワワなレモンを睨みながらわたしは考えた。何か、レモンをどっさり使って作れるものは、と…。そうだっ、マーマレードを作ろう!保存食系のジャムやら塩漬け、ハチミツ漬けを作るには大量のくだものが必要だ。レモンだったらマーマレードが、実も皮も種も使えるから最高にちょうどいい。
しかし毎回作るたびに、ちょっと途中でウウッてなるのよね。レモンの皮をむけどもむけども下準備は続く。いつも何気に絞ってるだけのあなた、大量のレモンの果肉と薄皮を、いちいちキレ〜イに分けたことなんてあります⁉ これをすると、キッチンはまさにレモンの香りで清々しいことこの上なし…でもその香気の中で、目をむいているわたくし!レモンてものは、すっぱいのですわ!そしてそのすっぱいものを甘いマーマレードにしようと思ったら、同じ量のお砂糖がいります。甘くて、ほろにがで、気持ちすっぱ目。レモンのおいしさのすべてがギュギュッと凝縮…って本当に5個も6個もあったレモンが、やっと瓶一つ分あるかないかに煮詰るすごさよ。ふと庭に目をやると、まだまだ、まだまだなってるレモン…!お父さん、お母さん、わたしにレモンをありがとう。でも、とても他のくだものの木も欲しいなんて、思えないのです⁉
*Tuckerとはキーウィ独特の言葉で、「食べ物」というよりは「お腹に詰め込むもの」という意味
マツザキ リカ
ニュージーランド在住27年。クライストチャーチを拠点に暮らし、心も体も豊かにするキーウィフードの探求に余念がない。おいしいものも不思議なものも、いただきます!
2023年9月号掲載