バッドラック・ファレ選手 – 新日本プロレスラー/ファレ道場主宰
トンガ生まれニュージーランド育ちのファレ選手が新日本プロレス(以下NJPW)の門を叩いたのは、12年前のことだ。入団テストに見事一発合格し、練習生として野毛道場での住み込み生活が始まった。当時のプロレス雑誌にも、ファレ選手の入門が取り上げられ、周囲の期待が大きかった反面、格闘技経験のない彼が本当にやっていけるのかと心配の声も多かったのも事実だ。しかし、彼の右腕にしっかりと刻まれている「侍魂」はハッタリではなかった。
トンガからNZ、そして日本へ
「ここで生き残るには強くなるしかなかった…」。これはプロレス特有のアングルではなく、ファレ選手の本心から来る言葉なのだろう。
NZに移住した当初、男7人女4人という大家族を養うため懸命に働いていた両親のもと、経済的に苦しい生活をしていたファレ選手は当時をこう振り返る。
「新しいものは一つも持っていなかった。8番目の私はすべて兄貴か姉貴のおフル。チビだった自分が大きくなってしまい、おフルの靴がきつくてきつくて、いつも足が痛く困っていたよ」
「治安が悪いエリアで育ち、ラグビーを始めるまでは、けんかばかりしていた。地元の悪い連中やギャングともつるんでいたし、日本に行っていなければ良くない道に進んでいたはず。ラグビー留学は人生において一番の転換期だったと思う」
そして19歳のころ日本へラグビー留学。同じくNZから留学した3人が日本の文化に馴染めずに帰国しても、勧誘してくれたアラン・テーラー監督が大学を去ってしまっても、ファレ選手は日本に残った。
「日本ではラグビーだけでなく勉強もしたかった。大学では経済を学び、卒業後はNZに戻って、会社員になることも考えていた」
卒業後は福岡サニックスブルーズに所属するが、けがにより2年で退団。その後は堪能な日本語を活かし、福岡県で英会話教師として働いていた。ある時、ファレ選手がプロレス好きだと知っていた旧友の南乃島氏(トンガ出身の元力士)に誘われて、NJPWの入団テストを受験することになった。入団テストでは、サンドバッグ相手に得意のタックルを披露すると、当時の現場監督、平田淳嗣選手から「サンドバッグがくの字になった。選手の立場としては“あれを食らってはきつい〟タックルだ。日本語も堪能だし、素材もいいので、じっくり育てたい」と最大限の賛辞がファレ選手に送られた。
2010年、プロレスリングの聖地でもある東京・後楽園ホールで、超一級の中西学選手を対戦相手にTVマッチという破格待遇のデビューを果たす。新日本プロレスの大きな期待がかかったファレ選手のその後の活躍は言うまでもない。
「プロレス王国建設」の野望
アメリカのプロレス団体が頻繁に行っていたプロレス興行が、次第に廃れ行く中、2016年、NJPWのNZ初上陸となるチャリティープロレス「ON THE MAT」が開催された。当時のNJPWのほぼベストメンバーが参加した試合には、たくさんの在留邦人と地元のプロレスファンが訪れた。この大会の成功を受けてNJPWは、日本の野毛道場、アメリカのLA道場に続いて、「ダイヤの原石が眠る、人材の宝庫」と言われるニュージーランドに第3の道場「新日本プロレス・ニュージーランド道場」の設立を決定した。
「NZに自分の道場を設立する」という、デビュー当初からずっと抱き続けてきたファレ選手の思いが叶うことになったのだ。「新日本プロレスというブランドを世界に広めることが目的の一つ。あとは、NZでは自分のようなデカい体を持っているモノは、選択肢はラグビーに限られてしまっている。自分のように日本に行って成功するチャンスがあることを他の人間にも伝え、チャンスを与えたいんだ」と語る。けがのためにラグビー選手としての夢を諦めた過去、レスラーとして大活躍している経験を生かして、若者たちの将来の選択肢を一つでも増やしてあげたいという思いが彼にはあるのだ。
大勢の兄弟を育ててくれた両親への感謝の念を抱き続け、家族を支えることを生きがいとしてきたファレ選手。自身の育ったNZにプロレスを普及させる「プロレス王国建設」ももはや夢ではない。コロナ禍さえなければ、日本からの「ファレ道場観戦ツアー」も企画されていた。
日本のビールが大好き、好きな街は渋谷、行きつけは代々木駅前のトンガコーヒー。「新日本プロレス道場名物の鶏ちゃんこもおいしく作れるよ」と流暢な日本語で話すファレ選手は、日本とのたくましい懸け橋であることは間違いない。
バッドラック・ファレ
新日本プロレスラー/ファレ道場主宰本名Simi Taitoko Fale。1982年1月8日生まれ。トンガ・ラパハ出身。6歳のころにNZに移住。3歳から始めたラグビーで、名門デラサル高校から徳山大学へ留学し、卒業後は福岡サニックスブルーズに所属。けがによる退団後、英会話教師を経て新日本プロレス入団。第9代IWGPインターナショナルヘビー級王者となる。
Fale Dojo
【所】66 Portage Rd., Otahuhu, Auckland
【Web】faledojo.com
取材・文 Taka
2021年8月号掲載